think,think,think!

基本的には自分の思考を整理する場として。

能力のある子が、能力を自覚するために

数年前から参画しているNPOがある。 国際協力系といえばそうで、10年以上にわたって東南アジアのある児童養護施設を支援し続けている団体だ。

経済的支援、精神的支援など様々な角度からサポートを行なっている。 ただ、寄付を募るのは海外の団体の方が得意だったりするので、 我々は子供達の精神的支援や、将来を見越した教育的アプローチにも力を入れている。

私は以前から教育に興味をもっている。 「教育」をもう少し丁寧に言えば 「人が自分の力を発揮したり、そもそも自分の力に気付いたりするための手段」と捉えている。

この分野に興味をもった背景には、自分が田舎の公立学校で育ったことがあると思っている。 そこは、綺麗に言えば「多様性に富む場所」。 気を使わずに言えば、家庭環境も学力も全く異なる人が入り混じり、 地方公務員のステレオタイプな考えがあたかもこの世界の全てであるかのように、 そこにいる人の思想を縛り付けるような場所だった。ステータスとしては多様なのに、多様な考え方は否定されてしまう。

その後、私は大学入学とともに上京し、様々な世界を経験した。 最高学府と言われる大学で、周りには裕福な家庭出身の子がごろごろといた。

そして2つの気づきをもつ。 ・生まれる環境によって人生は大きく変わり、時にはどんなにあがいても超えられない壁があること ・ただし超えられない中でも、新たな可能性に気づき、自分を造っていくことは可能であること

「気づく」というのがポイントである。

周りが知力の高い人ばかりでない環境で育つと、歪んだステレオタイプの思考によって、多様な価値観を持つことが悪とされたり、そもそも広い世界があることすら気づけなかったりする。

生まれつき能力の高い人も、それを認識してもらえる環境があって、自分もそれに気づいていなければ、能力を活かすことができない。

私はこうした、能力はあれどもそれに気づかない環境にいる人と、一緒に可能性を広げる支援をしたい。

その一つの形として、書籍の支援を考えている。

自分の価値観を変えた本や、あたらしい世界を教えてくれた本、子供の頃に読んでおけばと後悔した本を、NPOメンバーから募り、送るのだ。

この企画の実現に向け日々苦闘しているのだが、その中でいくつかの疑念も浮かんでくる。 例えば、この本が良いから!と渡して読んでもらうことは支援する側の傲慢ではないか(度が過ぎれば思想統制と言われても仕方ない)、読書習慣は自分の意思で選ぶ本を読まなくては意味がないのではないか、であれば渡す形式としては図書館のようなものを作るのが良いのか…

直接的に効果を見るのが難しい施策だからこそ、確固たる軸と、ゴールの姿を常に心に留めていたい。 そして子供達の支援を考え行動するという営みの中で、自らの思いを整理し、人生を形作っていきたい。