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think,think,think!

基本的には自分の思考を整理する場として。

一人が好き、な私が一人で過ごすことに飽きた瞬間

一見遠回りな、近道

人と過ごすということは時に無駄も多いように思える

食事なら「この値段を出すならおいしくて体によいものが食べられたのに」とか 飲み会終わりに「もう話は終わったじゃない、明日も早いのにどうして帰らないのかしら」とか 演劇をみるのに「時間を合わせたり場所を決めたりするためのやりとりに、こんなに時間を割くなんて」とか

おそらく人と過ごすことが好き、またはその世界しか知らないという人にとっては なんてことのない事象なのだと思う

しかし、一人で過ごすことがある程度好きで、効率を求めがちな私にとって これらは時に耐え難く、だからこそできる限り一人でできることは一人ですることにしてしまう

連休の過ごし方などはそれが如実に表れていて

社会人になり、週5日は少なくとも朝から晩まで誰かと顔を合わせていなくてはならなくなった もちろん業務時間だけにはとどまらず、夜の付き合いも、休日ですら遊ぶ機会があり 元来一人の時間を大切にしてきた私にとっては、 自分の中のコミュニケーションエネルギーがすり減っていくのを感じるような日々だった。

そこで待ちに待った連休。できる限り一人の時間を残して、コミュニケーションエネルギーを温存しようと思っていた。

1日目、楽しい。 2日目、楽しい、が。

誰にも干渉されない1日というのは、実に楽しい。気を遣うこともなく、自分がしたいことをしたいタイミングでできる。 何もしないでいるという選択肢もある。

しかしそれは同時に、自分が今日生きている意味をわからなくさせ、要所要所で自らの選択・決定が求められるということでもあるのだ。

この自分で決定するという作業は案外疲れる。今日は会社に行かなければならない、今日は飲み会でここに行かなくてはならない、と決められた方が実際には楽なのだ。

さらに、人のモチベーションとか、新しい発想は、自分と違うものに触れることで生まれるのだということもよくわかった。

一人でいる時間は、自分で意思決定している以上、自分にとって親しみのある、いうならばコンフォートゾーンにしか触れないのだ。

だから、刺激は足りない。

一見不快と思えるようなことに触れてこそ、後から学びを得られたり、客観的に自分を捉えることができたりするのだ。

これからは、「いやだなあ、一人の時間がほしいなあ」と思いながら人と会う予定を作り、いやいや出かけていくようにしようと思う。一人で過ごす時間を楽しめなかった時ほど、自己嫌悪に陥ることはないし。